どうも、ゲームを作ったりビジネスを作ったりしている新田です。
この記事を見ているあなたは、就職活動をしている、もしくは転職を考えていると思います。
だとしたら、この記事はあなたの人生の転機になるかもしれません。
就職、転職以外の選択肢の話です。
それだけ大事な内容をお送りしていくので、ぜひ読み進めてください。
■人生の岐路
「自宅作業じゃなくて会社に来るか、それか別の会社を紹介するからそこにいくか、考えてくれ」
僕は当時フリーランス・エンジニアとして働いていました。
フリーランスと会社員はなにが違うのか?
それは、フリーランスは基本、仕事をいくつか抱えても、それは自己責任のうえで可能だということ。
また、社員と違って融通がきくので、自宅作業などの提案などができるということです。
会社に余裕がなくなれば最初に切り離されるというリスクを抱えているので、報酬の交渉もできます。
ただし、僕の場合は少し違っていました。
それまで社員だった会社に頼んでフリーランスにしてもらったのです。
そして、自分で作った教材を販売するという副業で毎月50万円ほどの収入がありました。
給料と合わせて、100万円近い収入がありました。
だから、自宅作業にしたいという話をちょっと強引に進めて、家でウェブ系の仕事をするように自ら運んだのです。
副収入があったので、少し強気だったわけですね。
会社に言われるがまま、流されるように仕事をするのではなく、自分でしたい仕事の形態を選んでいたわけです。
ただ、会社としてはやはり会社に通ってほしかったようで、先の言葉を社長に直接言われたのです。
「自宅作業じゃなくて会社に来るか、それか別の会社を紹介するからそこにいくか、考えてくれ」
要は、会社の命令に従って会社通いをまた始めるか、それが嫌なら別の会社で働くかしてくれ、ということでした。
扱いづらかったんでしょうね。
わがままを言っていたので、しょうがないことだと思います。
ただ、決断を迫られた僕は、かなり悩みました。
これは節目でした。
会社に属さなくなるということは、不安定になります。
そして収入は今の半分になる。
副業がうまくいかなくなれば、元の会社に泣き付くか、別の会社に就職することになります。
ただし、自宅作業をしていた自分は非常に自由でした。
メールや電話で受け取っていた作業をこなしていればよかったわけです。
いわゆるリモートワークです。
起きてすぐ作業することもできるし、寝る時間も自分で決められます。
なにより電車での通勤をするという、大きなストレスがない。
面倒な人間関係の構築もしないで済んでいました。
かなりストレスフリーな生活でした。
■決断
僕は今の会社に通勤することを考えました。
職場はいい人ばかりだし、仕事にも慣れていましたし、なんら問題はありません。
また、紹介されたゲームの開発会社に行ってみました。
渋谷の駅の雑居ビルの中にあり、社長もいい人で、職場として悪くないなと思いました。
しかし僕には夢がありました。
「自分で自分のゲームを作りヒットさせる」
これは、小学生以来の彼岸です。
だから、先に進まなければなりません。
それを実現するにはお金が必要ですし、時間も必要です。
仕事を終えて家に帰ってからでは、疲れていて思うような作業はできません。
日曜プログラミングだけでは時間が足りません。
そもそも、他人のために週に5日働いて、2日だけ自分の自由というのは逆じゃないか? と思っていました。
人生は自分のものですが、それをどう使うかを自分でコントロールする必要がありました。
他人の支配から逃れ、週7日全部を自分の時間にするには、お金が必要です。
正直、収入が半分になるのは怖かったですし、不安定の中に飛び込むのは、勇気がいります。
しかし、自分の人生を自分のものにするために、それは必要なことでした。
僕は、元の会社に戻ることも、紹介された会社に行くことも選択しませんでした。
「自分で稼いで自分の人生を取り返す」
ことを選んだのです。
さらに自分で稼ぐことを選びました。
そりゃ、人の会社に属して、決まった日に給料をもらうことが確約されている状態は楽だし、安心です。
でも僕は「それは自分の人生と言えるのだろうか?」と思っていました。
「自分がほんとうにしたいこともせず、安定のために毎日小さな痛みに耐えることは、人生の終盤になり、取り返しのつかない大きなものを失ったことに気づくことになる」
そう思っていました。
取り返しのつかない大きなもの。
それは時間です。
好きなことをする時間です。
20代、30代、40代、それぞれ、その年齢でないとできないことがあります。
旅をするならまず遠いところから行けとよく言います。
歳を取ったら、あまり過酷な長旅はできなくなるからです。
自分がほんとうにしたかったことは、歳をとったらもうできなくなっていくのです。
■正直に言うと
僕は、別にビジネスが好きだったわけではありません。
ゲームを作るのが好きなのです。
ゲームを作るのが好きだから、ビジネスをして資産を作り、そこから入り続けるお金を得よう、と思ったのです。
最初の1~2年は、ビジネスで資産を作る。
そして資産からお金が潤沢に入るようになったら、あとは好きなゲームを作る生活に入る。
お金があれば自分が考えたゲームを作ってもらうこともできる。
それがネットの発達した今の世の中では、可能になったのです。
ビジネスを学べば、週に5日他人のために働く時間がすべて自分の時間になります。
僕以外の話で言えば、これまで土日だけだったバンド活動も、ドライブも、読書も、旅行も、YouTube活動も、すべて毎日できるようになります。
もちろん、資産は一度作ればあとは永続的に稼いでくれる・・・そんな夢のようなものではありません。
メンテナンスは必要です。
ビジネスを引き続き学ぶ必要もあります。
しかし、実際僕はビジネスを実践し、個人で4億円を稼ぎ、8年の間セミリタイアしてゲームを作る生活ができました。
ネットで資産を構築し、それで長い間自由を得る・・・それは実際に可能なのです。
資産が勝手に毎月100万円でも生み出し続けたらどうでしょうか?
ネットのシステムがあなたの商品やサービスを24時間全自動で売り続けたらどうでしょうか?
会社を辞め、自由に旅をして、いつか行きたいと思っていたところに行き、会いたい人に会いに行く。
自分の目標や夢、理想に時間をつぎ込むことができるようになります。
■後悔しないために
結局、僕は自分でビジネスをすることを選びました。
その結果どうなったか。
利益は順調に伸び、年収が1000万円を超え、翌年会社を作ることになりました。
そして会社設立から2年後、トータルの売上が1億円を超えることになったのです。
会員制ビジネスや自動化を進めることで、労働時間はどんどん少なくなりました。
僕はあのとき、「自分で稼いで自分の人生を取り返す」ことを選びました。
それは勇気のいるチャレンジでしたが、選んでよかったと思います。
過ぎ去った時間は取り戻せません。
人は死ぬ前になって、「やってしまったこと」よりも「やらなかったこと」を後悔すると言います。
僕も、死ぬ前になった後悔したくないと思いました。
あなたも死ぬ前に後悔しないよう、チャレンジしてみませんか。